読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自転車を取り戻した話

京都で生活するうえで最も注意すべきことのひとつが、自転車撤去ではないだろうか。「この辺りは自転車放置禁止区域です」の声が聞えた時は逆にラッキー。人知れずひっそりと行われ、気づいた時には自転車の姿は消えている、というのが自転車撤去の恐怖。
先週の日曜、そんな自転車撤去に遭遇した。前々日の金曜夜間は勘が働いて、わざわざ遠い駐輪場まで行って自転車とめ無事撤去を逃れられたのに、日曜はすっかり油断してた。「金曜で夜間の撤去ってえぐいな!」って思っていたけれど、京都は私の想像をはるかに超える非情さを持ちあわせていたわけで、「夜間と日曜は撤去無し」はあくまで噂だったことがわずか3日間で証明されてしまった。
そんなこんなで少し目を離したすきに、愛車はきれいさっぱりなくなっていた。
いや、わたしが悪いんですけど。駐輪場に止めればいいのはわかっているんですけど。でもどこもかしこも満車で、外は暑いから早く店内に入りたくて、邪魔にならないようにこっそり置いたんだけどなーとどんなに嘆いても言い訳しても自転車は返って来ない。しょうがないから取り戻しにいくしかない。
撤去自転車保管所があいているのは10:30から18:00。定時で会社を飛び出せば、平日でも間に合わないことはない。幸いわたしの部署はぬるいうえに今は閑散期だ。定時退社も余裕だろう。
さっそく翌日に愛車を迎えに行くことにした。
 
 
定時は17:30。颯爽と会社をでて、早歩きで電車へ。どうやら17:53に最寄り駅につくらしい。意外とぎりぎりなことに不安を覚える。でも保管所、わりと駅のそばだったよな。
無事最寄り駅について、走る。走る。走る。全ては自転車のため、走る。
 
ない。
あれ?
 
走っても走っても保管所が出てこない。思ったより遠かったのかしら。これ間に合うのかしら。不安。でも走るしかない。わたしにできることそれしかない。わたしの中のメロスに火がついた。18時前とはいえ、まだまだ暑い。じっとりとした京都の暑さはこの時間でも全身にまとわりつく。汗は容赦なく噴き出てくる。それでも走るしかない。
けれど、いつまでたっても保管所はでてこないもんだから、わたしもさすがにおかしいと思い始める。
わたしの中のメロスも不安げにこちらを見つめている。
嫌な予感がしてくる。一度おちついて、スマホで位置を確認。
 
思った通り、これ南北逆だ!
 
南に向かわなければいけないところを、思いっきり北へ向かっていたようだ。碁盤の目はその方位磁針がくるったとき、思いもよらないことを引き起こす。京都生活7年目。慢心していたのだと思う。感覚に頼り過ぎたのだと思う。まさかここで南北間違えるとは。
この時点で17:57。どう考えても間に合わないけれど、もしかしたら、18:00過ぎても多少はいけるんじゃない?って思って再び走り出した。結局保管所の前についたのは18:03だった。
保管所の分厚い鉄の扉は南京錠によりがっちりとしめられていた。
中に人がいたので、一応声をかけてみたものの、「もう終わりましたんで」と。
 
泣いた。
汗なのか涙なのかわからないぐらいぐちゃぐちゃになった。両足は靴ずれしているし、久々に走ったのでふとももはぱんぱんだった。
でもしょうがない。悪いのはわたしだ。南北を間違えることさえしなければ、今頃は自転車にのってさわやかな風を感じていたはずなのだ。
わたしは静かに翌日のリベンジを誓った。
 
 
いくらぬるい部署だとはいえ、毎日定時にかえるのもアレだな、って思って、いつもよりかなり早めに出社してみた。自転車を取り戻すことに照準をあわせた一日が始まった。
予定通り、定時に退社。早歩きで電車。17:53着。ここまでは昨日と同じだ。
同じ過ちは二度繰り返してはいけない。最寄駅について、まず南北を確認。小メロスとともに一応走る。
ちゃんと18時より前に保管所に到着。昨日はしまっていた鉄の扉もあいていた。
中にはおじさんがたくさんいた。
保管所には何回か来たことがあるけれど、今まで見たなかで一番多かった。その中のひとりに撤去された日付と場所を伝え、保管場所に案内してもらう。奥の方に無事わたしの自転車があった。鍵をはずし、書類を書きにまた入口に戻る。
その間、おじさんは「6時にはしめるんでね」を5回くらい言っていた。とにかく18時にはしめなくてはいけないらしい。
書類を書き始めた時点ですでに17:58。1分1秒を争う戦いがはじまった。
ぬるぬると書類を書くことなんて許してくれない。
「名前、住所、電話番号、(色は)茶、(鍵の場所は)後輪、(とられた日は)8月3日、名前、同上」
言われるがままにペンを動かす。少しでもつまってはいけないという緊張で手が震える。撤去代として、お釣り無くぴったり2300円を払う。ここで万札出したら、生きて帰れないんじゃないか。それくらい殺気立っていた。
全ての作業をおえると、別のおじさんがわたしの自転車を出口まで運んでいた。
普段の大きな出入り口は例の鉄の扉でしめられていて、その鉄の扉に小さく空いた入口から出入りするらしい。
モタモタしていたら、おじさんが自転車を出してくれた。出してくれた、というかほっぽり出されたという方が正しいかもしれない。事務的に「ありがとうございました」と言われ、時計をみたら18:00ちょうど。どうやら間に合ったらしい。
安堵の気持ちで汗が噴き出した。
 
それにしても、あんなにピリピリした保管所を見たのは初めてだった。あの人たちは保管所をしめる時間が18:00を過ぎたら、家が焼かれるとか、子どもを生贄に差し出さなければならないとか、それくらいのカルマを背負っているのではないだろうか。18:00過ぎても多少はいけるんじゃない?って甘すぎるよ。あの人たちはそんな生半可な気持ちで保管所の仕事をしているわけではないのだ。もっととんでもなく大きなものと戦いながら18:00に保管所を閉めることに全力を注いでいるのだ。いや、注がねばならないのだ。
 
京都の裏側を除いたような体験をしてしまった。今後はちゃんと駐輪場にとめることを、固く誓った。