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真っ白なスニーカー

真っ白なスニーカーを買った。
表面も、底も、紐も、すべてが真っ白で、とてもきれいだ。
うれしくなって、浮かれながら履いて外にでた。

外は埃やチリでいっぱいだし、泥や土の場所もある。
車が水たまりの上を通ったりしたら最悪だ。その泥水がかかったらどうなるか。
真っ白なスニーカーは少しでも汚れたら真っ白ではなくなってしまうのだ。

なんだか不安になってきて、家に帰ってから、急いで乾いた布で拭いた。
大丈夫、スニーカーは真っ白だ。


真っ白なスニーカーを履くと楽しいし、気持ちいい。
思わず駆け出したくなるし、人に見せるために誰かとおでかけしたくなる。
いっぱい履いていっぱい外にでた。


ただ、真っ白なスニーカーは絶対的に真っ白でなくてはいけないのだ。


泥や土の場所はとおらないようにしなくてはいけないし、水たまりは避けなければいけない。
とても気を使って、よく注意して、少しでも汚れていたら、立ち止まってすぐに拭いた。
そうしないと、真っ白なスニーカーじゃなくなってしまう。


気づいたら、いつしか真っ白なスニーカーを凝視しながら歩くようになった。
真っ白なスニーカーを真っ白なスニーカーのままにしておくためには仕方がなかった。
目線は下を向き、背中もまるくなった。
注意深く、顔はこわばった。
もう真っ白なスニーカーを履いても駆け出すこともなかったし、うれしくなることもなかった。


あなたも、こんな“真っ白なスニーカー”を持っていませんか?
自分に大切なものをもう一度よく考えてみましょう。





っていうような自己啓発物語考えたんですけどどうですか。




自己啓発ってなんでこんなにうさんくさいんだろうか。
もっと数値に即したものだったら納得できるのだろうか。
経験に深みがあったら感動できるのだろうか。
きっとそんなに簡単に説明できることなんてないからだ。
それでもどこかに答えがあるのではないかと思ってしまうのだけれど、きっと答えって見える範囲にはないんだろうなぁ。

というかそもそもわたしが受け取りたいメッセージも発信したいメッセージもこんなものではないはずだ。
ゆるくて、なんのたしにもならなくて、存在意義がもっと遠いところにあるものがわたしが必要としているものではないのだろうか。
この発言がすでに熱くてうるさい気がする…!!オリンピックだからな…!ふぁいやー!



ちなみに、真っ白なスニーカーは買った。*1
なんてことないものだけれど、わたしにとってはそれこそ駆け出したくなるくらいかわいい。
それにあわせたスカートがほしくなった。
シャツもほしくなった。
また物欲にまみれて死ぬ予感がする。

*1:もちろん超適当にはいてる。防水スプレーだけ買った。びびってる。