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vol.11

 

前の席に座っている中村さん(男・40代)の独り言がうるさい。小声だけれど絶え間なくしゃべり続ける。この間しゃべっていない時間を計測してみたが5分となかった。席に座り続けている間、ただひたすらにしゃべり続けている。1日で8時間とか9時間とか、そんなに長い時間しゃべり続けているなんて、ちょっと尊敬してしまう。のどとか壊さないのかなってちょっと心配もしてしまう。一度気になるとそのあともずっと気になってしまう。しゃべり続けるという事は聞き続けるということで、ほぼ自席にいるわたしと中村さんの横の席の田中さんは1日中、中村さんの独り言を聞き続けている。そろそろ頭がおかしくなりそうだな、と思う。

 

しゃべっている内容は、おそらくそのとき自分の思っていることなんだろう。脳内ナレーションが全部外に出てしまっている感じだ。「これをこうして、いや、こうか、あぁそうなるのかそれならこうして…おお、そうきたか、いや、わからない、どうすればいいのか…」みたいなことをずーっとしゃべっている。まるで自分の行動を自分で実況しているようだ。ぶつぶつと、たまに舌打ちをはさみながら、絶え間なく中村さん実況は続く。中村さん実況はとどまることを知らない。機嫌のよしあしも、プログラムがうまくいっているかどうかも、全て筒抜けだ。反応するほどの声のボリュームではない。きっと半径1mより外には聞こえていないと思う。しかし確実に半径1mには聞こえてくる。

 

いつもはおとなしい中村さん実況だが、たまに激しさをみせるときがある。
この間、いきなり中村さんが頭を抱えて「おぉ…!!おれの力ではここまでか…!!!いや、そんなことはない!!やらねばならぬ!!!」と叫んだ。叫ぶ、といっても半径1.5mくらいに聞えるくらいのボリュームではあったが、でも確実にいつもより大きな声だった。どうしたんだ中村さん。なにがあったんだ中村さん。もしかしたら中村さんはヒーローで、地球を侵略しようとしている悪と戦っているのかもしれない。というかそうとしか思えない言い回しだ。思わず中村さんをみたけれど、中村さんの視線はまっすぐ前方に注がれており、わたしのことを気にしている様子はなかった。きっと悪は思ったより強く、今の中村さんではあまり太刀打ちできなかったのか、おそらく深い傷を負ったのだと思われる。それでも中村さんは立ち上がらなければならない。仲間の力を借りながら、その責任に押しつぶされそうになりながら、それでも悪を倒さなければならない。地球は中村さんにかかっている。
その後しばらく中村さんはうなっていた。真剣な目には苦しみがにじんでいた。それでもしばらくすると「あぁ…そうか…そういことか!」となにより閃きを感じさせる台詞を吐き、いつものようにぶつぶつとした実況にかわっていった。どうやら無事地球の平和は保たれたらしい。よかったけれど、あいかわらず実況は耳ざわりなので、なんとかしてほしいところ。