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実験

文章を読むと、脳内ナレーションとしてその文体がなり続けることがある。いや、正確に言うと、「うまい文章を読むと」かもしれない。うまい文章の定義はわからない。脳内ナレーションが始まると、「あの文章うまかったんだな」って思う。小説でも自己啓発でもエッセイでもなんでもいい。読むと染まってしまう文章が確実にある。

こういう状態は、昔に戻っているみたいだ。

小さい頃から、何かを読むとその中で自分が入り込んだような感覚に陥っていた。わたしの一挙手一投足に、さっき読んだトーンで説明がつく。主人公はわたしだ。夢見がちな子どもだったのか、それとも子どもとはこういうものなのか。

大人になった今でも、その傾向はかわらない。これも皆がそうなのかもよくわからない。試しにその状態で何回か自分で文を書いてみたけれど、後で読み返して違いがでているのかはわからなかった。ある種の自己陶酔は、結局自分の語彙や感覚を越えることはないのだろう。

それ以外に、最近どんどん過去の自分に戻ってきている気がしている。戻ってきている、というよりも、「取り戻している」に近いのかもしれない。

 

本を読むことと絵を描くこととアイドルが好きだった。放っておいたら何時間でも何十時間でもこれらをやってすごせた。一人でもなんら寂しくなかった。

学校は好きでも嫌いでもなかった。勉強はできた。運動はできなかった。

友達は多くはなかったけれど、いないことはなかった。権力闘争が激しく、その権力の所在も一日で簡単にひっくり返るような世界でうまく生き抜く術にも長けていたと思う。「誰にもきらわれてないね」って言われたことがある。「誰からも好かれている」とは意味が違うんだろうな、と思った。

まだSNSもブログもないインターネットには日常とは別の世界が広がっていた。そこでもきちんと呼吸をしていた。

 

今、なんとなくそのときの感覚に近い。きちんとわたしの世界を構築していっている感じがする。

 

 

 

 

ここまで書いて集中力きれた!気になるブログを一気に読んだから、そういう気持ちで勢いで書いてみたけれど、やっぱりよくわからないな。要は最近引きこもりたい欲がすごいってこと。自分のインドア具合を再確認しているってこと。大学時代、実はさみしがりやなのかなって思っていたけれど、違うわ、そんなことないわ、ひとり楽しすぎてやばいわ!ってなっている今日このごろ。ただし昔に比べて人と暮らす楽しさも知った、とは思う。おしゃべりはすきだ。